今こそ遊ぶべき理由がある。『幻想水滸伝 I&II リマスター』感想|“赦し”が紡ぐ群像劇の傑作

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 懐かしのリマスター、それは当時のプレイヤーはどうしても手を取り、当時の思い出にそして今の感覚での感想を確かめたくなる。

 この幻想水滸伝I&IIリマスターも自分にとってはその例に漏れないゲームです。

 最近ではソシャゲの幻想水滸伝 STAR LEAPが配信。その流れで幻水I&IIがありがたいことにセールとなっておりました。こりゃ良い機会だと思って久しぶりにプレイ。

 ほぼ当時以来のプレイとなる幻水。改めて触れると108星が織りなす群像劇なストーリー、拠点の拡張の楽しさなどオーソドックスなコマンドRPGの中にある幻水ならではの独自のゲーム体験、他には真似出来ない部分が多く、特にこの2作は人気の高いナンバリングというのもあり、今やっても深く引き込まれる出来栄え。当時プレイした方はもちろん、今の時代だからこそ刺さる要素が詰まった名作だと改めて実感しました。

 ここからは感想。

 当然ネタバレだらけです。

ゲーム情報

 1995年に発売されたシリーズ1作目、幻想水滸伝と1998年に発売された続編である幻想水滸伝IIをまとめたリマスター。

 中国の水滸伝をベースに洋の要素を取り入れ、108星の仲間達を集めながら重厚な戦記を駆け抜けるコマンドRPG。

 コマンドRPGとしてはややキャラクターの拡張性や特徴は薄めですが、仲間をどんどん増やす楽しみ、それによって拠点が拡張されていく楽しさはこのシリーズならではの惹きつける魅力があります。

 そのうちIとIIはIからのコンバートが可能ということで今の時代にリマスターされるなら一纏めにされるのは必然だったと言えますね。

108人という仲間に相応しい壮大さ

 人にはそれぞれ運命という物が定められている…

 この幻想水滸伝は108星としてそれぞれに定められた星の元に数奇な運命に翻弄される主人公の元に集う壮大な物語です。

 そう、幻想水滸伝と言えばこの108人という仲間の数。この人数の多さが前提にあるからこそ、その1人1人に大なり小なり意味を持たせる。何もそれはストーリーという形に主軸で関わるだけではない。
 影が薄くてもただ加入するだけで拠点が発展すればそれはいるだけで意味がありますし、ミニゲームや施設の開放など戦うだけの力ではない仲間だっている。RPGだからと言って加入する108人全員が戦う必要なんてない。
 加入するごとの拠点の拡大、集った仲間と共に立ち向かう戦争、全ての仲間を集めた時に覆される運命、人数の多さに相応しい壮大さ。

 どんな仲間も宿命を持って加入すれば大きな流れの中で共に運命を覆す力の1つとなる。
 これらが1と2に共通する幻想水滸伝の特徴と言えるでしょう。

親友の死や大きな力を託され宿命と共に故郷に反旗を翻す1

 謀略によって故郷を追われ、解放軍のリーダーとなる1。

 帝国の将軍テオの息子である主人公はその力を狙う今は帝国の王妃たるウィンディに狙われる親友テッドから27の真の紋章の1つ呪いの紋章ソウルイーターを託される。

 更に帝国と対立する解放軍のリーダーとなるオデッサとの死別を経てテッドからは力をオデッサからは遺志を託されて主人公は解放軍のリーダーとなる。

 これらを見ても分かる通りに多くの仲間がいると同時に死別も多いのも1つの特徴。
 この他にも最も運命において大きな分岐である108星の1人でありながら完全離脱するグレミオなんかもいます。

 そして解放軍のリーダーとして戦うということはそれは故郷との対立にもなる。
 そして同時に国を守る父との対立にも繋がる。親と子の信念のぶつかり合い。子はいつかは親を乗り越えるものですが、それはあまりに早すぎる別れとなる。グレミオとの別れから立て続けに起こる死別ととにかく畳み掛けてくる。

 死別という出来事は物語において大きく感情を動かし印象に残る物ですが、当時より色々なゲームをプレイした今この死別の多さを見るとこのゲームは人数の多さを活かして普通ならゲーム難易度的にもやりにくいパーティキャラの死別による完全離脱という物を序盤から中盤に多く盛り込み、悲劇性とその運命を一部乗り越えるカタルシスなどにも繋げています。

 親友の最後の頼み、託された大きな力、友の願いを受け取ったことによってその力を巡る争いの中心地に主人公は巻き込まれ、反逆者の汚名を着せられ始まる激動の物語。

 このように序盤から謀略、死別、などと怒涛の悲劇に晒されるプレイヤー達には当然相手への怒りが募る。
 その中で自分がこのゲームのストーリーで惹き込まれたのは赦すことの意味と大切さを伝えるところなんですよね。

 敵将はウィンディに操られ非道な行いをする。
 プレイヤーはそれを目の当たりにして怒りを募らせ、そして敵将との決着の後には選択がある。 

 赦すか赦さないか

 戦争という悲劇のなかで与えられるこの2つの選択肢。
 ですがその中で運命を覆すグッドエンドに辿り着くには108星全てを仲間にする必要があり、相手を赦すという選択肢を選ぶ必要がある。
 悲劇を繰り返させないために耐えて赦すことを求められる。それこそが戦争の先に辿り着く平和のためであるように。

 それをストーリーの流れの中で主人公が勝手に選択するのではなく幾たびもプレイヤーに選択させることでその結末に辿り着かせる。ゲーム的に言えば仲間が増えるという得があることから自然とその赦しに誘導するのも上手い。
 そして赦せば最後に紋章を1人で背負って旅立つのか、それとも2人で旅立つのかに変わる。

 昨今はどんな事情や理由があろうと報いは徹底的に受けるべきというのが主流ですが、そんな風潮だからこそ、今このゲームをプレイした時に逆に赦すことで最終的に己が救われるという。

 現在の世の風潮と本作の発売日。時系列的にはこちらが先で現在が後ですが、こういった価値観を今触れられることこそがこのゲームが今の時代にリマスターした意味であり、価値でもあると思うのです。

前作の地続き、だからこそ群像劇の真価を発揮する2

 前作から数年経った地続きの物語である2。

 前作から続投するキャラがいる中で新たに選ばれた108人の宿星達の物語。

 2人の視点、増えたキャラクター、これらによって群像劇の戦記という要素をより強めたのが2だと思います。

 特に1をやっていると前作で味方だったキャラは敵にその逆も然り、前作から続投し頼れる仲間もいれば、敵の陣営となり立ちはだかる者もいる。
 同じ世界観の中で戦いの理由が変われば、陣営も変わる。

 このシビアさを突きつけたのも2が人気になった理由だと思われます。これは言い方は悪いですがある種のキャラの使い捨てのようなやり方が出来る豊富なキャラクターがいるシリーズだから出来た試みだと思っています。少ないキャラクター達で織りなすRPGではリスクを考えて中々踏み込みきれない形のキャラクターの扱い方ですからね。

 そして本作は操作する主人公と幼馴染のジョウイ。少年兵という立場から始まり、休戦同盟からの自作自演による奇襲によって多くの他の少年兵が犠牲になる、そしてスパイとして故郷の人々からダイレクトに敵意を向けられて逃亡の身となる。前作同様に…いや、それ以上に最初から悪意や謀略、戦乱に翻弄される。

 ただこの敗走に次ぐ敗走からの奪還の物語こそがこのゲームのカタルシスを生んでいるとも言えるでしょう。

 そして2人は27の真の紋章を得る。2人の主人公、2つの視点によって描かれる群像劇には厚みが増していきます。

 途中で2人の道は分たれるのですがそれによってそれぞれの視点で物語は進行し、それぞれのやり方で戦いを憎しみを終わらせようとする。
 別れた2人が見てきた突きつけられた悲劇はお互いに違う。それによって戦乱を終わらせる目的は同じであっても辿り着くための手段は変わり2人は対立する。

 その2つの視点による群像劇の中で描かれる個人的にこのゲームの印象的なイベントは3つ。

ゲーム史に残る敵ルカ

 1つ目はルカ関連。

 2人の見てきた物の中でも最もの違いはやはりこのゲームの…いや、ゲーム全体の歴史と見ても印象的なキャラのルカの存在でしょう。

 最初の休戦同盟を破棄させるために少年兵の虐殺から始まり、村を2つも滅ぼす、子供であるピリカの目の前で容赦なく人の命を奪い、ピリカの心を閉ざす、その苛烈さの理由にはかつて都市同盟との戦いで自分の目の前で母が恥辱を受け、身籠りそれなのに父は何もしなかったという憎悪の激情から相手を全て殲滅しようとしているという感情の向け方としては真っ当(?)なバックボーンがありつつも覇道を突き進む悪辣非道な敵。

 改めてプレイすると悪のカリスマ性と同時に怒りしか湧かない。それでいて本人はその道に行為に対して何一つ言い訳もしないその悪としての生き様に敵ながら多くのプレイヤーも含めて彼に惹かれました。

自分は改めてやると怒りの感情の方が大分上回りました。それも悪役としての役割を果たす魅力でもありますが。

 その生き様と死に様は壮絶。

 多くの都市を力なんて生優しい言葉ではなく暴を持って制圧し、民も生贄に捧げ、血に染まり続ける生き様です。

 己の絶対的な実力に裏付けされ、それを信じ、裏切られようが離反されようが獅子身中の虫がいようが、躊躇いもなく進んでいく。
 主人公とジョウイという内外から戦乱を終わらせるためには最も排除すべき存在として認識されて、最終的には内側からの裏切り、そして外からの力によって沈むことになる。その散り際の台詞は最期まで言い訳など何一つない己の弱肉強食の理屈も憎しみの感情を放つプレイヤーにとっても心に刻まれる存在でした。

 彼の苛烈な進軍と行った行為は彼が倒されようと禍根を残し、それによって最大の原因である本人が消えようとも戦争は終わらない。憎しみの在処をどう鎮めるのかという戦争の終わらせ方を突きつける存在でもあったかなと思います。

家族として当然の疑問を持ちながら支える絶対的な味方ナナミ

 2つ目はナナミ関連。

 主人公の義姉である存在で前作のグレミオのように絶対的な味方でいてくれる存在です。

 今作も前作同様に同じ故郷から追われる立場は変わらないのですが、その故郷の人間からダイレクトに悪意をぶつけられるシーンが増えた分、でも主人公がリーダーとなることに、戦争の最中に置かれることには戦い続けることには疑問を持つ。

 他の仲間はそれを蔑ろにしているというわけでもないのですが、あくまでリーダーを前提にその後に個人として接するという部分がある中でナナミは姉として常に主人公を個人として見てくれている。

 個人として見た上でなぜ主人公が傷付いて責任を負ってまで戦わなくてはならないのか常に疑問に思い気にかけて後半では全てを投げ出す提案だってしてくる。(エンディングの分岐の1つだったりします)

 ただ彼女の良いところは頭ごなしに自分の意見を押し通そうとするのではなく、主人公がそれでも戦うと決断したら、その決断を尊重してそれからも絶対的な味方でい続けてくれるところなんですね。

 ある種の熱に侵されてしまう戦乱に疑問を持ってくれるという姉として家族としての当然の感情の面も持っている。まぁ日常の象徴みたいなもんですよね。

 常に明るく絶対的な味方でいてくれるナナミは個人的にはグレミオ以上に支えとなってくれる存在でした。

 それがやはりグレミオと同様に生死の岐路に立たされる。
 主人公とジョウイの目の前で主人公を庇い、矢に倒れ…このナナミの犠牲により束の間のジョウイとの共闘が成される。

 これは2人にとってナナミがそれほどに重要な存在ということ。そしてまだ幼馴染という存在のためという個人のためにジョウイと共闘出来、まだ息のあるナナミを救うために軍を引き上げたりなど、それらは彼がまだこちらに戻ってこれる証左を示してくれる。

 主人公が戦争の渦中で命を奪われてしまうかもしれない。その身を最も案じてくれた存在が最終盤で散ってしまう。

 ナナミの大きな存在感として作用しているのが主人公とジョウイがどれだけ3人で笑い合い支え合っていた時から離れたとしてもこの2人を家族と幼馴染という立場として見ているところなんですよね。

 変わっていってしまう2人を最後まで諦めていない。だからこそ彼女の存在が大きな分岐に繋がるのも納得なんです。

 彼女が生きていなければ戻ることは絶対に出来ないそう思わせるほどの立場と存在感。

 そんな戦いに身を置き続けることに反対していた存在が主人公を庇ってその命を散らしてしまう。戦争に対しての虚しさや怒りを突きつけてくるのにこれほどの展開があるのかそう思わせる。
 だからこそ前作をやっているとグレミオのように運命を覆らせるのでは?と期待して(実際には生存のためにはもう少し意地悪な条件が多い)改めてゲームシステム的な意味だけでは無いストーリー的な意味でも108星を何としても揃えて運命を変えたくなるモチベーションとなる存在でしたね。

最後に果たす最初の約束

 そして最後に果たす最初の約束。

 道を違え、刃を交え、そして表向きは全て終わった後、2人の主人公は最後に最初に交わした再会の約束を果たします。

 力による答えを求めた者、手を携えて人を束ねて戦乱を終わらせた者、互いの道を進み、最後の責任と約束を果たすために…

 これに関してはそもそもスルーすらも可能でそれでエンディングも変わる。(そこのエンディング絵にヒントが出たりする)
 もうねプレイヤー視点だととっくの昔の約束なので忘れてもおかしくない最初の約束。でも108星を揃え、その約束を覚えていれば…
 このゲームの結末、そしてこの2人の道はようやく…ようやく最後に再び交わる可能性が拓けるのです。

 この再会の約束で出会った2人の対峙は戦争を指揮した王国軍と同盟軍による最高指揮官同士の決着やケジメをつけるための戦いなのか。
 それとも純粋に幼馴染の親友を取り戻す戦いになるのか。それはプレイヤーの気持ちによる選択次第。

 彼らを待つピリカ、ジル、そしてナナミのためにもどんな決断を下すのか。

 上での幻水1での感想でも書きましたが、相手を赦すこと、自分を赦すことで運命は変わる。やったことの大きさを考えると昨今の価値観だと赦したくないという人も今初めてプレイしたら思うのかもしれませんが、他者からの様々な感情を無視してでもそれでも取り戻したいというエゴでベストエンドに辿り着いてもいいじゃないか。だって大切なんだもん。

 それでも納得出来ないなら赦さないことの分岐もちゃんと用意しているのでそれを選べばいい。
 その選択肢を全て飲み込んだ上で帰ってきてほしいというエゴを貫く。

 運命を変えるのはお行儀の良さだけじゃないそれくらいの勢いがあっていいんだって、自分はそう思いますね。

 ………

 なんて綺麗な言葉じゃなく、何のためにここまで戦ってきたと思ってんだ。紋章を1つにしないと2人共死ぬとか戦争の責任取るとかそんなご大層なことはどうでもいいんだ。お前のことを誰が待っていると思ってんだ。お前に帰ってきてほしいとこっちは我儘だと分かっていても戻ってこいと言ってるんだ。さっさと帰ってこい。

 と、プレイ時はそんな想いで連れ戻すことを自分は決断しておりました。

ゲーム面はRPGとしてはやっぱりオーソドックス

 久しぶりにプレイしたらRPGとしての評価は実にオーソドックスなコマンドRPGだなといった評価。

 強いて特徴を言えばただ108人の仲間と言うゲーム自体の売りから6人パーティという多めの人数、そしてその人数を感じさせないくらいには戦闘テンポがいいことでしょうか。特に通常攻撃は入り乱れて処理するのでサクサク進むのが魅力です。

 前衛と後衛に分かれて、それぞれのキャラには武器にS〜Lレンジがあり、Sレンジは前衛に配置しないと攻撃出来ない。Lレンジは後衛に配置しても敵の後衛にも攻撃出来る。Mレンジはその間で後衛に配置しても敵前衛に攻撃可能というのも各キャラの特徴を際立たせています。

 更に特定キャラの組み合わせで協力攻撃なんかもあったりしてそこら辺はパーティを主人公を除く5人をどう組むか楽しさがあります。

 ただ逆に言えばそれだけであり、特に1はキャラごとの差別化要素はステータスとその武器レンジ、協力攻撃の有無以外は薄め。

 他のRPGで言ういわゆる魔法なんかは紋章という術や特殊行動を使用可能にする物を装備しないといけないのですが、それは誰でも同じことが出来るということ。
 しかも1の場合は紋章が1つしか装備出来ないので尚更キャラごとの差別化は難しい、というよりステータスの魔力によって紋章で使える魔法が増えたり減ったりするので寧ろ魔力低めのキャラが差別されているとまで言ってもいいかもしれません。

 逆に特殊行動系の紋章なんかは決まった行動1つしか出来ないので、ここら辺は今だったら物理系紋章もいくつかの行動が出来るようになっていたかもしれませんね。

 一応特定キャラは専用紋章なんかもありますが、大体特殊行動系なので純粋下位互換や上位互換があったりなどでここら辺は今やるとフレーバー感あるなぁと思いましたね。

 2になると紋章の装備箇所が最大3つになり、拡張性は増加。

 とはいえ紋章を複数装備出来るキャラかどうかはキャラごとによって変わってしまい、その結果1つしか装備出来ないキャラなんかは複数装備出来るキャラと比較すると言い方は悪いですがつまらないキャラに感じるようになってしまったのは痛し痒しでしょうか。

 装備箇所が増えるという選択肢が出来た結果逆に格差が気になるようになってしまった。行動の選択を増やすのが完全に紋章依存なところの弊害ですかね、これは。

やっぱりキモは仲間集めと拠点発展

 なので個人的にはやはり幻水と言ったら仲間集めとそれに付随する本拠地の拡大。

 拠点システムは仲間を集めると発展するというこのゲームの根幹である仲間を集めることがそのまま見た目や機能に繋がるので、ゲームとしての売りとしてはこちらの方がRPG要素よりはメインだったのでは?と今プレイした感触としてはそう思いました。

 仲間が多い分、戦闘出来ないキャラクターも加入後にただの賑やかしで終わるだけのキャラを減らすようにミニゲームの充実なども図られていますし、仲間を増やす楽しみをメインにしているように感じます。

 実際1なんかはこれだけのキャラクターが仲間になるのに最終盤でパーティ固定メンバーがいるとか、ストーリーのためにRPG部分の楽しさが犠牲になっているところはあるので、やはりこのゲームは仲間集めとシナリオをまず第一に考えられていたゲームなのだと思います。

 2は更にブラッシュアップされて施設キャラ以外はランダム配置されたりして、そこで会話が変わったりなど仲間や拠点を発展させる楽しみは更に倍増。仲間達が生きている感が増しましたね。

 ここら辺の拘りを見てもキモはやはり仲間を増やすことによる拠点の発展が第一のゲーム。

 ただ2に関してはRPG部分のブラッシュアップは上記の通りになったり仲間キャラの制限が消えたりしましたが、今度は拠点の発展…というより施設解放がストーリー重視になりすぎたかなとは思いました。

後、2は最初拠点迷いやすいし機能追加されたキャラがどこにいるのか探すの大変…

 序盤から手に入るアイテムがあるのに対応する施設の解放が終盤〜最終盤になってとかもありますし、あちらを立てればこちらが立たず。

 これらが絶対的な不満か?というとそれほどでもないのですが、鍛冶屋くらいはもう少し早くても良かったかなと思いましたね。

ゴールデンハンマーもマジの最終盤で掘り出し物で購入する必要があるので武器レベル16に出来るのが遅い遅い。

リマスターにおける便利機能と難易度追加

 昨今のリマスターと言えばやはり便利機能の追加。それに加えて何がしかの要素が加わったりすることあります。

 本作幻水リマスターで追加されたのは最近のコマンドRPGリマスターだと定番の倍速。戦闘中のオート継続。

右下に倍速がある

 更に1だとダッシュ移動のデフォルト化や斜め移動なども追加されて快適性が向上しております。2の方だとクライブの時限イベントを設定からタイマーストップ可能になったのも大きいでしょうか。

 これに関しては何の不満もなし、というか通常速度のプレイをすると記憶よりも遥かに遅いので倍速がデフォでもいいくらいだと感じました。

 リマスターには必須なので流石にこれはありがたかった。

 後は1、2共に難易度にハードモードが追加。

 幻水は元がぬるい方の難易度なので歯応えは上がりました。特に序盤は思ったよりも戦闘不能になりやすかったのでこりゃ歯応え出たなぁと思いましたね。

そう、序盤だけは

 コマンドRPGはレベル上げなどが絡んだり、更に幻水だと仲間がどれくらい揃っているかなどがプレイヤーにとって様々。

 なので最も厳し目な条件でもクリア出来るようにするという都合上、108星揃えるプレイをしているとやはり途中からは昔と大して変わらずにぬるめな難易度になってしまいましたね。

 やっぱ難易度調整というのは戦力予測出来る序盤までが限界なのだなぁとちょっと思った次第です。

まとめ:改めてプレイして本当に良かった

 両方クリアして思ったのはありきたりな言い方ですが、改めてプレイして良かったということ。

 特に当時は当たり前ですけど1と2は発売日が年単位で違うわけですよ。なので1はここで終わり?と思ってからの年単位の続編で久しぶりに会えた楽しみはあれど熱量の違いはあったわけですね。

 でも今回のリマスターは1と2がセット。

 1をクリアした直後にそのまま2に行けるからこそ、1で高まった物語への熱量と世界観への没入感を一切切らすことなく、2の怒涛の展開へと引き継ぐことができます。この途切れない疾走感とカタルシスこそが、今回のリマスター版における最高の醍醐味だと感じました。
 再会はもちろん108人の物語の中でクライブのように決着がつく物語。ハンフリーとフッチのようにまだまだ続く物語など1から続く壮大な群像劇を新鮮なままに楽しむことが出来る。

 この熱量を継続させて堪能させたことこそがリマスターの最も大きな価値だと思っています。

 それに108人もキャラがいれば自分にぶっ刺さるキャラも1人は絶対にいますからね。

ちなみに自分は昔からテンガアールが好きです。

 後、やっぱストーリーの価値観が好きですね。

 相手の罪を赦すことでグッドエンドに辿り着く、甘いと言われようがある種のエゴがあろうがこれが一貫しているので今の時代だからこそ輝いていると思いました。

 大人になった今だからこそ深く刺さる「赦し」や「宿命」の物語。当時の思い出を確かめたい方はもちろん、未プレイの方にもぜひ触れてほしい不朽の名作です。

 現在の幻水シリーズはソシャゲでSTAR LEAPが展開が始まり、更には2のアニメ化も控えている。
 これらの成功によっては3以降のリマスターや、それこそ完全新作なども見込める可能性があるでしょう。

 自分はソシャゲの掛け持ちは無理なのでSTAR LEAPはプレイ出来る余裕はありませんが、今後の幻水シリーズの再興を期待して本作の感想を終わろうと思います。


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