【映画】リトル・シベリア 感想 結論がシンプルなのにまどろっこしい!【Netflix】

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製作国

フィンランド

監督
ドメ・カルコスキ
脚本
ドメ・カルコスキ
ミンナ・パンヤネン
原作
アンティ・トゥオマイネン
出演者
エーロ・リタラ
マッラ・マルミヴァーラ
トンミ・コルペラ
ルーン・タムティ
マルッティ・スオサロ

 落ちてくる隕石は神の啓示、そこから始まる奇跡と悪意。
 出す結論までの道はまどろっこしく、その結論は尊いけど当たり前。

 今回はネトフリオリジナル映画、リトル・シベリア(原題:Pikku-Siperia/ Little Siberia)の感想。

 先に言っておくと自分にはあまりハマらない映画でした。

 話のまどろっこしさも宗教観もこれを公式ではコメディと銘打った価値観もどれも合わない。

 でもこういう映画を作り続けてくれるネトフリは好きだぜっていう映画よりもネトフリの姿勢を好きになるような内容でした。

 ジャンルはスリラーコメディで上映時間は約105分となります。

あらすじ

フィンランドの小さな町に隕石(いんせき)が墜落したという衝撃のニュースに住民たちは大騒ぎ。よからぬことを企む者まで押し寄せてきて、町の牧師の信仰は根本から揺らいでしまうことに…。

Netflixより

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登場人物

ヨエル

村の牧師

隕石が落ちてきたことにより、浮き足だった村、隕石の監視、これらによって様々な事態に見舞われる

数年前に平和維持軍に従事していた時の怪我で生殖能力を失い不妊

クリスタ

ヨエルの妻

ダンス教室を開いており、村の人達との交流が盛ん

隕石が降ってきた後に妊娠が発覚する

マティアス

ヨエルのところに相談に来る男性

滅亡論をよく唱えており、自身に対しても破滅願望がややある

タルヴァイネン

元ラリー王者だったが、相棒を失ったことにより引退した

自身の走行する車に隕石が直撃し第一発見者となる

カロリーナ

村のバー“ゴールデンムーン”の店員

村に不満があり、金を貯めて早く出たいと願っている

ライスタイネン

ジム経営者の男性

良くクリスタのダンス教室に通っている

ペタル

大男

過去に多くの悪行をしていたが、カロリーナとの出会いをきっかけにまともになる

ざっくり概要

 ここからはいつも通りにざっくりとした内容を。

 魅惑の村“フルメヴァーラ”

 何もない村だったが、とある夜にタルヴァイネンが運転した車に直撃した隕石により村の様子が変わっていく。

 村で働く牧師ヨエルは隕石によって観光が潤うと浮き足立つ村で隕石が納められた博物館を何者かが嗅ぎ回っているからと夜中の監視を頼まれる。

 その頼みを受けるか悩んでいる中、ヨエルは妻クリスタからの妊娠を告げられるのであった。

 本来なら喜ばしい妊娠の話、しかしヨエルは数年前に平和維持軍に従事していた時の怪我で睾丸もやられて生殖機能を失い不妊となっていた。
 そのことをまだクリスタに告げられていなかったヨエルは確認するために検査のために病院へと訪れ検査を頼む。

 妊娠した妻に不妊のことを伝えようとするヨエル。
 しかし、すんでのところで躊躇して博物館の4晩見張りに参加すると誤魔化しのために言ってしまうのだった。

 博物館の見張りを始めるヨエル。
 100万ユーロの価値があるとされる隕石に何となく妻の妊娠のことなどを語りかけているその時誰かが博物館に訪れる。

 それは隕石を見つけたタルヴァイネン。
 彼は強引に隕石を見ようとするが、ヨエルによって追い返されてしまう。

 急な来客を追い返し隕石に戻ったヨエルの目に侵入した謎の集団が飛び込んでくる。
 逃げる集団を急ぎ追いかけるが、その時集団の1人が乗った車が大爆発し、ヨエル吹き飛ばされてしまうのであった。

 翌朝。

 侵入した連中が盗んだのは隕石ではなく手榴弾、そしてその1つが爆発したことが分かる。

 ヨエルは残る犯人の人数は3〜4人、そしてその内の1人は香水を、もう1人は割れた窓で怪我をしていると警察に証言する。

 牧師の仕事に戻るヨエルは度々相談にやってくるマティアスに事件の解決の協力を求め、村の中で香水をつけている人物の捜索を頼むであった。

 ヨエルの方は昨夜訪れたタルヴァイネンの方を尋ね彼にいくつかの質問をする。
 その質問に対してタルヴァイネンは隕石が俺を選んだのに村に奪われた、あれを使って借金を返して人生を取り戻すと答えるが、その途中でヨエルには病院からの電話が。

 男性不妊についての結果が出たとされ、その結果は変わらず不妊のままだった。

 その夜クリスタに不信感を抱いたヨエルは新しい携帯を購入して、“朝8時に炭鉱の跡地で待ってる”、“Xより”と隕石の前で誰か分からないメールを送りクリスタにカマをかけようとする。

 朝8時、炭鉱に現れたクリスタを遠方から監視するヨエルだったが、その途中でマティアスから香水をつけた人物についての連絡が入る。
 だが更にその電話の途中でクリスタから購入した携帯への折り返しの電話が入り、その音で気付かれそうになったヨエルはマティアスからの電話を切り上げて急いで隠れようとするのであった。

 音の場所を探そうとするクリスタ、その最中で彼女は階段で転び足を挫いてしまい、ヨエルに迎えにきてもらうように電話をする。

 彼女が足を挫いたこと、それによってダンス教室が開かなくなったこと、そして彼女への不信感、ヨエルは様々な事態で涙するのであった。

 マティアスの調査を元に香水の主を探すために村のバー“ゴールデンムーン”を訪れるヨエル。

 そこの店員カロリーナに話を聞くがその会話の中でクリスタもこの店によく訪れると知るのであった。

 調査を終え博物館に向かうヨエル。

 その時ミッキスという男に車の中から銃を突きつけられ、人気のいない場所まで運転させられてしまう。

 彼に博物館の扉を開けたまま外に出ればいいと言われるヨエルだったが、隙を見て彼の銃を奪おうとし、車内で揉み合いとなる。
 その末に銃が撃たれ、ヨエルはミッキスを射殺してしまう。

 更にミッキスの仲間と思われる男が現れて、彼にも追われたヨエルは罠を仕掛けて何とかその男も殺害することに成功する。

 翌朝警察を連れて男の死体を確認してもらおうとするヨエルだったが、死体は全て消えており、警察からは不眠症か昨夜バーで飲んだビールのせいということにされてしまう。

 家に帰るヨエル。そこには男が1人いてクリスタはシャワーを浴びていた。
 男は配達をしに来ただけと言うが、ヨエルのクリスタへの不信感はますます募っていく。

 再びバーに訪れクリスタについてカロリーナに聞くヨエル。カロリーナはヨエルに何か協力を求めようとするが、客が訪れて話は中断されてしまう。

 教会の方には“隕石に近づくな”という貼り紙が貼られており、2つの事態に頭を悩ますヨエル。

 その時告解に来たという男が訪ね、ヨエルは彼の話を聞く。それは昨夜ヨエルが殺したミッキスの話。

 父親代わりであった彼を殺害した犯人を見つけ、必ず昔の自分が行っていた拷問を再びやるとヨエルに語る男。
 その当時の行いからはカロリーナに出会い足を洗っていたが、今回は別だとその男ペタルは言い教会を後にするのであった。

 家に帰るヨエル。

 待っていたクリスタの前にあったのは炭鉱に呼び出した時に使っていた携帯。
 それは今朝家で男と会った時の苛立ちで服を脱いだ時に部屋に落としてしまっていたものが見つかったものだった。

 どういうことかと問い詰めてくるクリスタに対して自分は男性不妊であり、子供は望めないはずだったとクリスタに告白するヨエル。
 さっさと博物館に行けと言うクリスタに対してヨエルも売り言葉に買い言葉で君も嘘つきだろと返してしまうのだった。

 再び博物館で隕石の監視をしている中でクリスタが尋ねてくる。

 生殖機能について改めて確認をされもし妊娠出来たら奇跡だと言うヨエル。

 もし奇跡だったら?

 互いに話し合うことが必要だと言うクリスタ。

 もしその気があるなら家に帰ってきて、そうじゃないなら帰らずに仕事に行ってとその時は自分もヘルシンキに帰ると宣言してクリスタは博物館を後にする。

 果たしてヨエルの決断は、そして強盗事件の犯人は誰なのか。

 隕石の落下により端を発した奇跡は思わぬ方向へと向かっていく。

結論がシンプルなのに話がまどろっこしい!

 この映画、持っていきたい結論はとんでもなくシンプルなのにそこに至るまでの過程がとにかくまどろっこしい。

 1つの隕石が降ってくるという奇跡に端を発したことによる事象を様々な点からやっているんですが、
 その結論は要するに子供が産まれるって奇跡、神や人をちゃんと信じようって話ですからね。

 それをまどろっこしく長々と遠回りしてやっているので映画の長さの割に自分のような人間の感覚だと感想で書くことも少なかったり。

 

 その結論を出すためにやることが夫婦の不仲、というか主人公のヨエルが不妊なのに妻クリスタが妊娠してしまったという不信感、更にそこに隕石を狙う強盗という2つの軸が話としてあるわけです。

 この話は離れているようで実は繋がっている、というかヨエルが妻への不信感から繋げてしまう。

 自身の男性不妊を言い出せないことから、博物館の隕石の見張りをやり、そこで強盗に出会し調査に当たる。
 そしてその調査の過程で実は犯人達だったカロリーナ達と接触をしてしまい、それが妻と交流ある連中だから自身の身の上などを少し話してしまったことで情報が漏れるって流れ。

 要はこれ牧師であるヨエルが不妊である自分が子を授かるかもしれないという奇跡を信じなかったから、与えられた試練みたいなもんなんですよね。

 クリスタからも会話が必要だったと言われますが、あるがままこの奇跡を受け入れていたら、少なくとも自分は災禍には見舞われなかった。
 でも奇跡を信じきれずに人に話してしまったから、災禍に見舞われる。
 神がちょっと拗ねて嫌がらせをしているんじゃないかってくらい宗教的な話です。

 そしてその奇跡の象徴が隕石。

 これ作中ではかなり意味深な動きやアングルがある隕石なんですが、
 落ちてきた瞬間に盛っていたヨエル夫婦は子を授かり、人生行き詰まっているタルヴァイネンの元に落ちてきて、そして何も観光資源のない村は浮き足立つと。

 これがこの映画の神の恩寵とも言える存在なのでしょう。

 そんな隕石を金にしようと考えたカロリーナやタルヴァイネンは最終的に破滅を迎え、
 隕石に何かと悩みを相談していたヨエルは子宝に(しかもちゃんとした自分の子供)恵まれる。
 そして隕石は湖?の底に沈むので村への恩恵は減ると。

 まぁものの見事に欲と信仰で分かれた部分があります。

 作中でも言われていましたが、“神の行動は謎だが全ては必然で起こる”

 この隕石は奇跡を与える人間を篩にかけ、そして迷いながらも最後は信じたヨエルに子供という奇跡を与えたんじゃないかなと。

 ただこう思いながらこれは神の奇跡の映画だったんだと素直に見たくないと気持ちが自分にはあったりもします。

 極端な話ですが奇跡なんて望んだ通りの偶然、天文学的な偶然が起きた時につける事象ですから。

 だからこそそんな偶然が重なって産まれた子供こそが神の手による奇跡とも違う、人間による本物の奇跡。
 そう捉えるのもそれはそれで素敵なことじゃない?とクサいことを言いたい気持ちがあるのです。

だって神のおかげでしたってそっちの方が陳腐じゃない?

 ここら辺は完全に宗教観の違いな気もしますが、確かに信じる者は救われてほしいですが、それは“神”の奇跡ではなく、“人間”が頑張ったからこそという結論の方が自分は好みなのです。

まとめ

 ここまで宗教観が強いとやっぱり自分にはハマらない部分が多くなるなぁと改めて分かる映画でしたね。

 一応コメディとネトフリ公式では銘打っているのですが、神や奇跡を信じずにここまでの事態に振り回されることになるのがコメディになる、
 もしくは感じるっていうのは感覚違うなってどうしても思いますよね。

 結論に対する話のまどろっこしさがすごい映画ですけど、ただこういうのってネトフリオリジナルらしさでもあるんですよね。

 こういう話の映画にもちゃんと予算をつぎ込んでくれる。
 だからこそ当たり外れも激しいのですが、その形式でしか生まれない映画や味があるのも確かですからね。

 今回は自分にはハマりませんでしたが、それでもこのような映画を作り続けてくれるネトフリオリジナル自体は応援を続けたいところです。


まとめ

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