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製作国
イギリス、ハンガリー、アメリカ
監督
ギャビン・ロザリー
脚本
ギャビン・ロザリー
出演者
ローナ・ミトラ
テオ・ジェームズ
トビー・ジョーンズ
ステイシー・マーティン
ピーター・フェルディナンド
たまには心に何か引っ掛かって覚えている映画を見直したくなる時もある。今回は自分にとってそんな1作となる映画、アーカイヴ(原題:Archive)の感想。
大体2020〜21年くらいのSF映画なんですが、とあるシーンで強くこの映画のことを覚えており、そしてそれによって何となく全体の内容もふわっとずっと把握したまま。
あれから5〜6年経ち、その覚えていた内容が今だと少し見え方が変わるだろうなと思って見直した次第でございます。
ジャンルはSFで上映時間は約105分となります。
(C) Archive Films Limited 2020
目次
あらすじ
人間がAIに生まれ変わったとき、衝撃の展開が待ち受ける
Rakuten TVより
ロボット工学者のジョージ・アルモアは、人里離れた日本の山奥の施設に駐在し人型のアンドロイドを開発していた。彼は会社からは成果を上げていないと不評だが、実は亡くなった妻のジュールを蘇らせるための研究を重ねていた。ジョージは”アーカイヴ”というシステムで彼女と交流を行うが、そこから違法にデータを取り出して、J1とJ2とバージョンを上げたアンドロイドを開発。そしてついにまるでジュール本物のような、J3が完成間近となる。しかし、J2が思わぬ行動をとるように。さらに外部の何者かに施設が見つかってしまい…。
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技術として出来てしまうからこその話
この映画の時代設定はやや近未来、どれくらいなのかは舞台となる日本の山梨(!?)の人里離れたところなので具体的には分からない感じ。
でもそこで生まれている技術故の執着というものが良く描かれています。
主人公のジョージはロボット開発者のおそらく凄腕。それで山梨で3年契約しているのですが、実は彼は自分が運転していた際の交通事故で妻のジュールを亡くしています。
そしてここがキモとなるのですが、死者のデータをデータに残して会話することが出来るこの世界のサービスであるアーカイヴにジュールを登録していた。
そして本来なら別れの準備をするはずのアーカイヴなのですが、そこに妻と変わらない会話が出来るデータがあることから彼は自身の作ったロボットに妻を入れて甦らせようとするわけですね。

普通ならありえない選択肢。でもこの時代に死者と遜色なく会話出来る技術があるならその期限の前に自分のロボット制作技術と合わせて復活しようとする選択肢が生まれてしまっているのです。
それも自分が雇っている会社とアーカイヴ社には秘密裏。なのでこの映画はジョージと彼が作った3体のロボットで展開される。
まぁ、これだと会話なんて全然ないと思いきやこの世界ならではの感覚が生まれる会話で面白くてですね。ジョージが最初に作ったロボット2体であるJ1とJ2。
彼女達はアーカイヴから取り出したジュールのデータを元に作られたのですが、それぞれ途中で知能レベルが止まってしまっている。
J1は知能が5〜6歳、J2は15〜16歳。そこにジュールを入れるための本命であるJ3を開発している。
J1は会話が出来ないのですが、それ故にマスコットぽいのですが、後でもっとしっかり語りますが、個人的にこの映画でキモとなっているなぁと思うJ2の存在と会話が面白い。

面白いといっても楽しいというわけではなく、展開の変化やこの世界の感覚を体験出来るから面白いという方向です。
彼女、15〜16歳くらいで会話も出来るのですが、それくらいなので手伝いとしての優秀さも程々なんですね。
だから失敗もちょいちょいしてしまう、そして年齢相応の情緒もあるので、自分より優秀なJ3を開発していくことに嫉妬も覚えてしまう。
ここら辺の設定と会話と空気感がとても良い。彼女に関しては後々にもっと衝撃的な展開があるのですが、そこまでの情緒を持つ存在を人が作ることによって生まれてしまう。
そして増やせてしまうことの何というか倫理観や愛の向け方というのをすごい考えさせられるんですよね。
人間ではないからシャットダウンだってさせられてしまうし、バッテリーが切れたら停止してしまう。パーツだって交換出来てしまう。でもちゃんと嫉妬などの情緒はある。ここら辺のアンバランスな感覚はずっと胸に残るんですよ、この映画。
正直本命であるはずのJ3関連よりもずっと。
それでもJ3もこれによって苦しまないかと言うとそうでもなく、より完成に近い形で作られたということは彼女はジュールにより近い存在なんです。
本命だから味覚まで再現するように作っているし、何よりジュールの記憶を最も近い形で持っている。

だからこそジョージと愛し合っていた記憶だって持っているので、ある日ジョージと同じ寝床に寝るのですが、目覚めたジョージには拒絶されてしまうわけです。
ジュールに近いが故にジュールの記憶に最も苦しむ存在。
Jシリーズの中では1番愛されていそうなのに最後まで見ると1番ジョージからの愛情は多分希薄なのが分かるところからも彼女を“作れてしまう”ことの問題もやっぱ見えてくるんですよね。
最終盤でJ3はあくまでアーカイヴのジュールのデータをダウンロードするための器でしかないことを悟り、あくまでジョージが執着しているのはジュールの方ということが分かり、ジョージに銃を向けても結局それを受け入れてしまうところには作られた物の悲哀を感じると共に実はJ2よりも情緒が育ちきっていなかったのではないのかなぁとも思ってしまうんですよね。
こんな感じでジョージとロボット3体だけで殆ど進むのにこの映画の世界観と空気感はすごく独特な情緒に溢れている。
出来てしまうからこその執着、育ってしまうからこその情緒、作られたからこその諦めなど、技術が進化した結果により、変化した倫理観のバランスなどを問われているような気になるんですよね。
言ってしまえばやれる可能性があるから、執着する男の話でしかないのですが、その手段の過程の会話や感覚が面白い。

一応会社からは技術をアーカイヴ社からは規定を違反したからということでそれを取り巻く緊張感はあるんですけどね。
改めて見てもこの空気感はやっぱり好みでした。
すぐそこに近づいているかもしれない話
この映画のラストは当時から時間が経って今見た結果認識が全く変わりました。
アーカイヴ社と会社にバレて襲撃され、立て篭もりながら自身の望みであるJ3にジュールをダウンロードして再会する。
そしてその瞬間に最後の防壁を突破された…と思ったら、そこには襲撃者は誰もいない。
するともうそこにジュールは残っていないはずのアーカイヴから電話がかかり、電話に出るなと言うジュールの制止を無視して電話に出るジョージ。
その電話から聞こえてくるのはもう最後という別れの言葉を言うジュールの声とそして知らない自分とジュールの娘の声。

そう、アーカイヴの中にいたのは実はジョージであり、死亡していたのもジョージ。ジュールがアーカイヴが使える残された時間で別れの決意をして娘のことも伝えて、彼女はジョージとの本当の別れをする。
いわゆるどんでん返し系のオチ。
これは当時はSFの映画らしい、それこそオチのための設定と結末だなぁくらいの感想だったのですが、あれから時が経ち最初に言った通りに随分と印象が変わりました。
その前にアーカイヴの設定をしっかりと確認。
まずアーカイヴ利用者は死後にゆっくりと別れを告げるために、死を受け入れるために故人と合計200時間の対話が出来る。
アーカイヴ内の故人は自身の死には気付いていない。
最終的に通話が音声シグナルになってサービスが終わる。
これらは死後抑留法で定められている。
ここら辺は当時は設定詰めた映画だなぁと思っていたんですけど、このアーカイヴっていう故人との会話するってサービスやシステムってもう現実的なラインになってきているんですよね。
昨今のAIの進化もあってか、故人の音声データを使って、故人と会話出来るというサービスは実際に現実にあったりします。
実際それ最初に聞いた時に真っ先に浮かんだのはこの映画。だからちょっと改めて見返そうと思ったりもしたわけですね。
そして実際に見てこの映画のアーカイヴに纏わる設定から受ける印象は変わりました。
特に死後抑留法ですよね。
これは故人が自分の死に気付かないまま、データとして生きているというアーカイヴの状態が実現したことで、故人に対する人権がまた少し変化したと思うわけですよ。
故人を残せてしまうのなら、死という物はある意味超越している部分はあるのでしょうが、故人がそれを認識していない形で残す以上はやはり倫理としていつまでも容認してはいけないというブレーキがかけり、時間制限を設けて、自動的に消えるというデータの中の故人ではなく、現実の故人の尊厳を守ろうとするのでしょう。
ここら辺の問題、現実には選択が迫っている部分はあると思います。
アーカイヴに近いサービスは生まれていますし、AIの進化も留まることを知らない。ならいつかこれに近い問題に向き合う時は訪れるでしょう。
そしてそれはすぐそこに近づいている話だと思います。
AIの進化の早さで時代や法の変化も早まる。それに空恐ろしさも感じつつ、社会や自分はそれについていけるのかなとこの映画を見て少し考えてしまったわけですね。
印象に残った1人の結末
記事の最初でとあるシーンを強く印象に残っていて、それでこの映画を覚えていたと書きました。
そのシーンというのがJ2の最期ですね。
この映画はJ2だと書きましたが、それくらい彼女の最期は自分の中で印象に残る。
彼女はJ3に嫉妬して自分の存在意義にもどんどん悩んでいく。そしてJ3に対してやってはいけないことを行いジョージに一度シャットダウンさせられてしまうんですね。
その時、ジョージが行ったのはJ2の足を外して、J3の足を作る。目覚めたJ2は自分の足が見窄らしいものに変わっていることに絶望するんです。
歩行がおぼつかなくなり、存在意義を失っていき、どんどん彼女の絶望は深まり、最後には入水自殺をしてしまう。

このJ2の最期がすげえ当時から印象に残っていたんですね。
彼女は姉のJ1から情緒は15〜16歳くらいに進化している。だからこそ思い悩む部分というのは増えていき、そしてこの映画内では丁寧に丁寧に自分の存在意義を疑問に思い、失っていく描写を重ねていく。
そして足を変えられてしまい、絶望が限界に達して1人(敢えて1人という呼称を使いたい)湖の中に足を向けて少しずつ沈んでいく姿にはとんでもなく胸を締め付けられ、強く記憶に残った。
こういう存在意義に悩むAIというのはSFだと珍しくもないのですが、彼女の場合は手足があるとはいえまだ無機質な形をしているその姿と情緒のアンバランスさが自分には印象に残る要因だったように今見ると思いますね。
流れだけ見るとジョージ、最低だなと思うかもしれないんですが、彼女が出来ないことを謝った時にはJ3の存在で彼女が思い悩んでいるのを察していて、そんなことを言うなとちゃんと慰めて嗜めるし、J2がいなくなり手が届かない所で停止したのを悟ると本当に悲しみ後悔している。
そして彼女が遺して遺品をしっかりと埋葬もするなど、ちゃんと彼女を1人の人間のように扱っているんですよ。
ここら辺のすれ違いというのはこのJ2の情緒の年齢くらいの思春期などにはありがち、それでもここまでJ2が最悪な結末や判断を迎えてしまうのは結局は作られた存在で自分を道具や機械だからと認識してしまっていたからだと思うですよね。
進化や発展による情緒の発達が必ずしも良い方向にいくとは限らない。そんな結末を見せられて昔も今もこのシーンはやはり胸を締め付けて記憶に残る。
映画のオチを知るとこの交流や結末も所詮は…と思う人もいるのでしょうが、でもジョージの視点で見てきた側は通話していない時もアーカイヴ内で確かな意思を持ってジョージ達が生きていたことを知っているんですよ。
だから自分は彼らは存在していたし、J2の死やジョージの悲しみも同じように存在していたのだと思いたいのです。
まとめ
当時とは全然印象が変化した映画でした。
当時はJ2の死、そしてSFらしい設定とオチだなぁくらいの感覚。でも今見るとSF映画から現実的なラインの映画に変化したように思いました。
たった5〜6年くらいで遠い話と思っていた映画に相当近づいていた。
映画そのものの印象は勿論、現実の進化や発展にも思いを馳せることにもなるこの映画。
当時見ていて今改めてこの映画を見返す…そんな人がそんなにいるかは怪しいところですが、当時と違った感想や印象を持てて面白いかもしれませんよ。
こういう体験が出来るのも映画などの良さなので、もしそういう人がいたら見返してみてほしいですね。
当時の自分に強い印象を与えて、今の自分に見返すきっかけを与えてくれたJ2には彼女の結末を思うと不謹慎な感情かもしれませんが、感謝したいなと思います。

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