【映画】啓示 感想 信仰により歪む認知【Netflix】

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製作国

韓国

監督
ヨン・サンホ
脚本
ヨン・サンホ
チェ・ギュソク
原作
ヨン・サンホ
チェ・ギュソク
出演者
リュ・ジュンヨル
シン・ヒョンビン

 深い信仰により偶然は奇跡、苦難は試練、気付きは啓示へと、後悔は呪い、そして使命は狂気にと。
 信仰により認知が歪み、反転していく、秀逸なサスペンス映画でした。

 今回はネトフリオリジナルの韓国映画、啓示(原題:계시록/Revelations)の感想。

 信仰、認知、犯罪者の管理などどこか日本とは縁遠い物が描かれた映画ではありましたが、そこはエグみには定評のある韓国映画。

 人間の怖さをベースに描いた事でグッと引き込む映画に仕上がっておりましたよ。

 ジャンルはサスペンスで上映時間は約122分となります。

あらすじ

神の啓示を信じる牧師と過去の幻影に苦しむ刑事。失踪事件の背後に潜む真実を追うふたりはやがて、内なる悪と対峙(たいじ)することになる。

Netflixより
Netflix Japan

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※2025年4月5日時点

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登場人物

ソン・ミンチャン

“使命の国教会”の牧師

敬虔な信者だったが、妻の不倫、クォンとの出会い、これらにより起きた出来事で“神の啓示”を受ける

イ・ヨニ

凶悪犯罪課強力4班に転勤した警部補

妹を自殺により失っている

その原因である彼女を監禁暴行した性犯罪者であるクォンを尾行している

罪悪感から妹の幻影を見る

クォン・ヤンレ

元受刑者

ヨニの妹であるヨンジュを長くに渡り監禁暴行し逮捕された

過去に凄惨な虐待を受けており、その事実が裁判で明らかになった結果世間から同情を受けた

シン・アヨン

女子中学生

ミンチャンの教会に礼拝に来た後に誘拐され、行方不明となる

イ・ナクソン

精神科医

かつてクォンの裁判で彼が受けていた虐待について証言した

現在もクォンを担当している

ざっくり概要

 ここからはいつも通り途中までのざっくりとした内容を。

 “使命の国教会”

 ここで長年牧師をしている男、ソン・ミンチャンの元に見慣れない1人の男が礼拝に紛れ込む。

 男に声をかけて、教会への登録を進めるために写真を撮り、名前も聞くミンチャン。
 そのタイミングで前妻の不貞を疑い以前から頼んでいた探偵からの連絡が入り、妻の不貞が確定した連絡を受けてしまう。

 動揺しながらも男の元に戻るミンチャンだったが、その男クォンは既に発とうとしていた。
 靴を履こうとする彼の手伝いをしようと彼の足を捲るミンチャン。
 その目に飛び込んできたのは犯罪者の監視用に使われる電子足輪だった。

 教会を出たクォンを監視する女性。

 クォンが少女の後をつけているのを見て尾行していたその女性は後をつけられていた少女アヨンとつかの間の会話をする。

 その女性ヨニは凶悪犯罪課に転属した刑事。かつて妹を監禁暴行した男であるクォンが近くに住んでいると知り尾行をしていた。
 それを察したヨニの父は「お前まで失いたくない」と言ってもう忘れるように彼女に懇願するのだった。

 ミンチャンは妻を送り届けた後に“SKY平安教会”の牧師であるチョンに新しく立てられる教会について聞くために会いにいく。
 そこの新しい主任牧師になる期待を抱いていたミンチャンだったが、チョンの口からは期待の言葉は出ては来なかった。

 やや意気消沈するミンチャンの前にチョンの息子であるファンスが現れる。
 ファンスは新しい教会の牧師は自分が率いるべきだと言われていたことを明かし、その適性は自分ではなくミンチャンの方が相応しいと言ってくれるのであった。

 教会で祈りを捧げるミンチャン。

 その最中に妻シヨンからの連絡が入り、息子ヨヌの迎えはどうしたのかと聞かれる。
 その事を忘れていたミンチャンにヨヌが知らない男に保育園から連れて行かれたと伝えられる。

 ヨヌが誘拐された事実に動揺するミンチャン。
 その時天井からの雨漏りの水滴が先ほど撮ったクォンの写真を濡らしていた…

 “性犯罪照会”でクォンの位置を調べるミンチャン。

 その一方でヨニはクォンによって自殺した妹ヨンジュが自分を責める幻影に苛まれていた。

 クォンの家についたミンチャンはクォンがスコップを車に載せているのを目撃し、急いで警察に通報をするも途中で電源が切れてしまう。

 充電をしながらクォンを車で尾行するも途中で見失ったミンチャンは何となく“キツネ峠”に入っていく。

 峠に入ってクォンを探すもいつの間にか後ろに回り込まれていたミンチャン。
 尾行していたことを質問してくるクォンの車の中に外された電子足輪を見つける。

 それに気付き揉み合いとなるミンチャンとクォン。その果てにクォンは崖から転げ落ちて岩に頭を打ちつけてしまう。

 救急車に電話しようとするミンチャンだったが、その時シヨンからの連絡が入り、ヨヌは友達の家にいたと伝えられる。

 息子の行方不明に無関係だったクォンを殺害してしまったミンチャンは岩肌にキリストの顔を見る。
 それを見た彼は何かを確信し、クォンを更に崖下の川に捨てるのであった…

 一夜明け、警察に初出勤するヨニ。

 初日でありながら事件だと会議室に向かわせられる。
 それは昨日あった女子中学生アヨンが行方不明になったと言う事件、そしてその容疑者は妹を自殺に追い込んだあのクォンだった…

 昨日のことで自首を考え過失致死罪について調べるミンチャン。
 だがそのタイミングでクォンを探すヨニ達が訪ねてきて昨夜の通報について質問される。

 息子が誘拐されたと思い通報したが、結局勘違いだったと事実を説明するミンチャン。
 続いてこの教会にもよく訪れていたアヨンの失踪についても説明される。そして通報した後の行動も。

 通報した後すぐに家に帰ったと説明したはずのミンチャンだったが、ヨニは彼の靴の汚れに気付くのだった。

 チョンに呼び出されたのはクォンの件についてだと思い、罪の告白をしようとするミンチャン。
 しかし、呼び出された理由はファンスが不倫をしたことによる相談だった。

 ファンスの不貞により、新しい教会の牧師は彼ではなくミンチャンが推薦される。
 その時ミンチャンの目には再びキリストの絵画が映るのだった。

 クォンとアヨン捜索を進める警察。

 クォンの担当医であるナクソンに最近の彼の状態を聞くが、彼の素行に問題はなかったはずだと返される。

 それを見ていたヨニはナクソンに複雑な感情を抱く。
 それはナクソンはかつてクォンの裁判で彼が幼少期から父からの凄惨な虐待を受けていたことを発言し、その結果としてクォンは世間の同情を買い、それを見た妹ヨンジュは自殺を選んだからだった。

 キツネ峠で見つかったクォンの車。

 警察とアヨンの両親、そしてそれを送ったミンチャンが現場にそれぞれ訪れる。
 当日降っていた雨などの影響で手がかりもアヨンも一向に見つからず、まるで神が味方しているようだと嘆く警察。

 動揺するアヨンの両親と共に“死体”は見つかったのか?と尋ねたミンチャンにヨニはまた違和感を抱くのだった。

 後日ミンチャンはボランティアに向かう前に妻シヨンの不貞について糾弾し、“ヨンジン老人ホーム”へと向かう。

 その道中で道にハマった救急車を見つけ、手伝おうと提案するが、そろそろレッカー車が来るから問題ないと返されて、そのまま老人ホームへと向かうことに。

 老人ホームへ着くと救急車が来ないことに苛立ちを覚えているヘルパーが、彼女は泥と血だらけの男が先ほど現れそのために救急車を呼んだのだと語る。

 それに何かを察したミンチャンは先に帰ると言いながら、老人ホームの中で男が看病されているとされる病室に向かう。

 そこにいたのは傷だらけとなったクォン。彼は牧師が俺を殺そうとしたとうわ言を発していた。

 それを聞いたミンチャンは再び外の雲にキリストを見る。それを見た時、クォンを急ぎ車椅子に乗せて連れ去るのだった。

 通報を受け老人ホームに捜査に来たヨニ達警察。

 看病された男がクォンだと確認し、行方不明になった彼の捜査をする。
 しかし、監視カメラは故障、クォンと同室にいた老人は認知症で「神が彼を連れ去った」という証言しか得られなかった。

 だがその言葉が引っかかったヨニはボランティアに訪れていた夫人会の中から誰が牧師の妻なのか調べるように頼む。

 クォンを廃墟に連れ込んだミンチャン。

 神がなぜこのような悪魔の元に何度も自分を遣わされるのか、それを神の“啓示”による物だと確信したミンチャンは再び神にクォンの処遇を任せようとする。

 するとクォンは自分を殺すと誘拐したアヨンの居場所は分からなくなると言い、教えて欲しければ警察をこの場に呼べと言い放つ。

 アヨンの居場所を聞き出すためにクォンを暴行するが、口を割らない彼に業を煮やし、彼の頭をテープで巻きそのまま廃墟に監禁してしまうのだった。

 決定的な情報が見つけることが出来ない警察。

 配属間もないヨニを帰るように言い、ヨニもそれに従う。
 だが帰る途中のヨニに同僚のウンギュから先ほどの夫人がどこの教会の牧師の妻なのか伝えられる。“使命の国教会”と。

 汚れた靴、“死体”はと確認した牧師、神が連れて行ったという認知症の老人の証言、それら全てに繋がるのはミンチャンと確信したヨニは彼の車を調べる。

 彼の車に付着した物から桑の実の臭いを感じ、近くの桑の実牧場を調べ、ヨニはそこに向かうのだった。

 信仰に傾倒し神の啓示を受けた男、かつて虐待を受けて神に見放された男、そしてその男によって家族を失った女。

 彼らの対峙の時が刻一刻と迫るのであった。

信仰による認知

 皆さんは神を信じるでしょうか?

 自分はドロップアウトした人間なので、1番きつい時に救ってくれなかった神を信じてはいません。
 いてほしいとは内心願ってはいますが、救ってくれることを期待はしていません。
 でも人間ってやっぱそこまで強くないので都合のいい時に平気で神頼みして願掛けなんかはしてしまったりもします。

 少し話が逸れてしまいましたが、この映画は自分とは真逆に深い信仰を持つ男、その信仰によって歪む認知、その怖さを描き、そして信仰によって救われなかった者、その救われなかった者によって生まれた犠牲者などもまた描かれていました。

 とにかく心のバランスが崩れた時に生まれる魔物。その存在について突き詰めまくっています。

深い信仰を持つ者ミンチャン

 この映画の主人公である牧師ミンチャン。この映画のタイトルを象徴している存在ですね。

 彼は深い信仰により誤った道を進む認知を正当化しようとしてしまう男です。
 息子が誘拐されたと思った時に天井からの雨漏りによって性犯罪者クォンの写真が濡らされているのを見て彼の“啓示”が始まります。

 そのクォンを追いかけ、揉み合いの末に手をかけてしまい、本来ならそこで救急車を呼ぼうとしたその時に息子の無事を聞かされて自分の行いの罪が深くなった時に彼は主であるキリストの顔を岩肌に見ます。

 その瞬間に彼の認知は己の罪が神の啓示による物だとその深い信仰故に歪み正当化していくわけですね。

 しかもその後も彼には悪い事が起きたりはするんですが、なぜか都合良く決定的な不幸にまではいかない。
 それはまるで試練と福音を交互に繰り返しているかのように。

 それは神に傾倒して現在進行形で“啓示”を受けていると認知している人間にとっては麻薬のような気持ちよさがあるだろうなと思うんですよ。

 どれだけ最悪になりかけても都合良くそれだけは避ける、特にクォンを誘拐する所なんて象徴的です。

 クォンが生きているという最悪に、たまたま老人ホームに向かおうと思った、たまたま救急車が道にハマって遅れていた、そして誘拐する時には監視カメラと目撃者がいたのに、カメラは壊れていて目撃者は認知症。

 こんなんスリルと緩和で脳汁がドバドバ出たことでしょう。

 実際この流れは神がいるようにしか思えない部分はあるんですが、
 それでも結局彼の正当化にしか使われていないというのは最終盤の彼の決定的な認知の歪みで分かるんですよね。

 クォンによって誘拐され、自分の教会に礼拝に訪れていたアヨン。
 行方不明の彼女なんですが、誘拐した本人であるクォンが何度もアヨンが生きていると言っても彼は誰に言われるまでもなく“彼女が死亡した”と途中から認知する。

 それは彼の中の神にも他の人物からも誰にも言われていない、
 つまりこの部分の認知こそが彼が自分を正当化するために神を使っているということに他ならない部分だと思うんですよね。

 そしてアヨンを救い出したヨニにそれを突きつけられた時にハッとしたような顔をするのですが、結局彼は牢の中の壁の染みにキリストの顔を見て何度もそれを拭いてもそれを見てしまう。
 まぁ自分は何度も拭かれた結果、悪魔のような顔に変わって行っているように見えたのですが…

 深い信仰により偶然は奇跡、苦難は試練、気付きは啓示へ、そして使命は狂気へと変わってしまう。

 こうして見ると深い信仰はまるで病巣のよう。

 信仰を利用して人を傷付けるというよくある人物ではなく、
 信仰が深く、それ故に己を守るためにその信仰を自分の中でいつの間にか利用して反転してしまうという、狂気の描き方が上手い人物でしたね。

信仰に見放された者クォン

 この映画のクズであり、過去だけは同情出来る物を持っているのが元性犯罪者の受刑者クォン。

 彼はミンチャンと比べると神から見放された男です。
 幼少期に凄惨な虐待を受け、母がその虐待の側で讃美歌を歌い続けていて救われず、そこで認知が歪んでしまった男と言えるでしょう。

 ここだけなら同情出来る存在。

 しかし、作中でやっていることは全て性犯罪、とても許せる存在ではないのも確かです。

 韓国映画らしい凄惨な過去の持ち主。
 でも正直ね、このレベルの犯罪を犯した奴の境遇なんて知ったこっちゃねえよって切り捨てたくなるのも確かなんです。

 はっきり言ってこいつを作中描写で好きになれる要素ってないんですもん。開き直るし、詫びも一度も入れない。韓国映画らしい露悪的な部分が強いですから。

 ただそれでももし幼少期にどこかで一度でも救われていたのなら何か変わったのかもしれないとミリ程度思ったりしたりしなかったりするんです。

 実際出所後はある程度は立て直していた部分があったのに一つ目窓というどこにでもありそうなトラウマで再びバランスが崩れた部分もありますし。
 その軽すぎるきっかけでまた元に戻ってしまうほどの凄絶さというのは生きづらい存在ではあると思います。

 後半の自殺したヨンジュを侮辱するヨニへの呪詛である数日の苦しみで自殺しているなら俺は1万回自殺しているという言葉。
 これがクォンの最大の本音ではあるんでしょう。

 責め苦にあったのに誰も救ってくれずに自死も選ばず耐え続けたなら悪魔になってもしょうがないだろというある種の開き直りでもあり、
 自分と同じような目にあってもこんな簡単に死を選んで俺のせいにするんじゃねえよって事なんでしょうが…うーん、それでもやっぱ理解は出来ても作中の行動や言動なので同情や共感までには決して至らないですね。

 それでもアヨンのためとはいえ自分をヨニが救おうとしたところを見た彼が死に際に残したヒントというのは、
 もし過去に自分が救われていた時の可能性ではあったのかなと。

 本当全くもって同情は出来ないんですが、もっとも心のバランスが崩れた…というか崩壊した人物なのでそもそも絶対に同情や共感という認知の外にいなきゃいけない存在なんですよね。

 強いて同情や共感を覚えるならばクォン自体ではなく彼の境遇の方。
 でもこれはクォンという人間を見ていない認知のあり方なので作中的には不正解。
 作中の社会も彼の境遇の方に同情した結果、ヨンジュの自殺も招いていますしね。
 なので彼をちゃんと1人の人間として見る、その上でやっぱり許せねぇが正解なんだと思います。

  これでクォンが犯すのが性犯罪ではなく社会という物に向けられた犯罪だったら、多分それなりに共感出来てしまう人物になってしまうので、
 クォンの心のバランスは悪くても作中配置としてはこの形が1番バランスいいんでしょうね。

過去に苦しむ者ヨニ

 この映画のもう1人の主人公で最も信仰の外にいるのがこの刑事であるヨニ。

 彼女は信仰による認知の歪みはないですが、信仰によって歪んだものの犠牲者ではある存在。

 上記のクォンによって自殺してしまった妹ヨンジュがその犠牲者なんですが、彼女は妹を救えなかった罪悪感による呪いを受けているわけですね。

 何度もドアを開くたびに姉がヨニが助けに来てくれると信じていたのにいつも現れるのはクォンだったと。

 だからこそ心を病んでいるヨニも認知は歪んでいる。

 再び起きたクォンによる物と思われる少女の誘拐事件に対して、妹を奪ったクォンのことを悪魔と思い(しゃーない)、1人の人間としては見ていないで捜査に当たっている。

 捜査そのものはクォンが実際に誘拐していたので全くもって正しいんですが、
 この認識のままだとアヨンには辿り着けなかったというのがこの映画の本質なのでしょう。

 事件を追い、ミンチャンというもう1人の認知の歪みにたどり着いた時に彼女の歪みはほんの少しだけ訂正される。

 そして当時クォンに有利な発言をしたもう1人の憎い人物とも言える精神科医のナクソンの元に訪れて、クォンという人物を知ろうとするわけですね。

 その結果として彼のトラウマを起因した物を見つけ、最期の彼のヒントから今度こそドアから現れたヨニがアヨンを救う。

 この映画唯一の認知を治して、戻って来れた人間になれたと言えるでしょう。

 この結末の皮肉なところは最も信仰から程遠い存在がそれになっているという事。
 信仰に傾倒せず常に過去の後悔という呪いに向き合ったもののみに本当の福音が訪れているんですよね。

まとめ

 人が己を保つバランスというものを上手く描いた映画でしたね。

 実際には崩れているのに信仰によって保とうとする者、とっくの昔に崩れており、立て直そうとしたのに過去のトラウマで完全に崩壊する者、過去の罪悪感から崩れている者と、様々な視点で崩れておりました。

 この映画だと信仰が無意味なようにしか見えないのですが、実際のところはバランスなんですよね。

 人間自分の土台を支えるもののバランスが崩れてどこかに偏った時に途端におかしくなるもんです。
 この映画の場合はその天秤が自我と信仰だったってだけの話なんだと思います。

 縋るのにも責任を負わせるのにも便利な信仰。

 それにどれだけ縋って都合のいい奇跡という偶然が起きようとそれはあくまで偶然。
 そして所詮は人間は人間でしかなく、神でも悪魔でもない、その認知だけはちゃんと持とうって事ですね。

 この映画を見た後だと自分としては今後も都合良く使う存在に留めておこうと改めて認知しましたよ。

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