【映画】後悔塗れのおっさん若者に託す クーダ 殺し屋の流儀 感想

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クーダ 殺し屋の流儀
(C) 2022 Barracuda Productions, Inc.

製作国

アメリカ

監督
リチャード・ヒューズ
脚本
W・ピーター・イリフ
出演者
アントニオ・バンデラス
ケイト・ボスワース
モージャン・アリア
ナタリー・バーン

今回はベテラン殺し屋の映画、クーダ 殺し屋の流儀(原題:The Enforcer)の感想。

ベテランの殺し屋と言ったらまぁ大体くたびれてたり疲れ果てていたりするものですが、今回も当然その例に漏れず。

妻と最愛の娘からは避けられているけど、ちょっと親身になった娘と同世代の家出娘や自分の後釜になりそうな若者には絆されてしまう。

そして家出娘が攫われて自分の認知の内でそれが行われたと知った時どうなってしまうのか?

若者に自分の後悔まで引き継がせないように道を説く、正におっさんが主役の映画らしい映画でしたよ。

ジャンルはクライムアクションで上映時間は約91分となります。

ここが見どころ!

ベテランの裏社会の男の人間らしい後悔

染まりきっていない若者を導くおっさん

バイオレンスなアクション

あらすじ

『エクスペンダブルズ』シリーズ製作スタジオ最新作!冷酷無比な殺し屋が少女を救うために組織に一人で立ち向かうクライム・アクション!
マイアミの犯罪組織に雇われるベテランの殺し屋クーダ。仕事は完璧で冷酷だが、自らのルールに外れたことを嫌う気難しい性格。15歳になる娘との関係修復を望んでいるが、娘からは警戒され、元妻からは敵意を剥き出しにされる始末。そんな中、クーダは里親の元を家出した15歳の少女ビリーと出会う。娘と同じ歳のビリーに父親のような感情を抱き、犯罪に巻き込まれないよう世話を焼くが、ビリーは誘拐されてしまう。その犯人が組織に関わっていると理解したクーダはビリーを救うため、自らの命の危険も顧みず組織に反旗を翻す。

Rakuten TVより
アット エンタテインメント公式より

クーダ 殺し屋の流儀を配信している配信サービス

※2023年12月20日時点

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登場人物

クーダ

ベテランの殺し屋

ローラという最愛の娘がいるが服役中に避けられるようになる

娘と同世代の家出娘ビリーの万引きを仲裁したことをきっかけにした僅かな交流で彼女を気にかけて滞在費を渡す

ストレイ

本名はリッキー

アイダホからやってきたケンカで生計を立てている

エステルの配下にスカウトされてクーダの仕事を手伝うことになる

ビリー

アトランタからやってきた15歳の少女

万引きをして咎められているところをクーダの仲裁で助けられる

クーダの助けでホテルに泊まるもフレディの配下に誘拐される

レクサス

エステルの店で働く女性で本名はスローン

スカウトで店にやって来たストレイに声をかけ彼と交際をする

エステル

周辺を牛耳っている裏社会の女性

クーダやストレイを雇って取り立てを任せている

レクサスを気に入っている

フレディ

ビリーを誘拐した男のボス

ネットを中心に商売をしており誘拐した女性達を配信して稼いでいる

くたびれたおっさんの最後の継承

ベテランの裏社会のおっさんの話。

こうなると映画というのは大体最後に一踏ん張りする映画になるパターンが多いのですが、当然この映画もその例からは漏れておりません。

主人公であるクーダは最愛の娘からは避けられている、
そんな中で現れた娘と同世代の家出娘と自分の携わる仕事に新しくついた若者。

そんな2人に自身の抱えている後悔、そして最後に人らしい行いをするために本気の継承を行うという内容です。

辛い時に沁みる物ってあるよね

今回のクーダにおいてかなり大きい要素となるのが家出娘ビリーとの出会い。

クーダ 殺し屋の流儀
(C) 2022 Barracuda Productions, Inc.

彼女との出会いは誕生日前の最愛の娘ローラに物凄い塩対応をされた後にビリーが万引きで咎められているのを仲裁したことから始まります。

ローラと同世代の15歳のビリー、彼女は母をクスリを原因で亡くし、里親からはおそらく性的虐待を受けて逃げてきたという身の上。
そんな彼女に娘の誕生日プレゼントについて相談するクーダなのですが、あなたの心がこもった物なら何でも嬉しいと思うという返答。

まぁ、こんなことを娘に塩対応された後に同世代の少女、それも辛い境遇の子に言われたら殺し屋の心にも沁みるってもんです。

なのでクーダは彼女にホテル代と滞在費まで渡してしまうという入れ込んだ対応をするのですが、そんなビリーはホテルの中で誘拐されてしまう。

そして捜索して聞き出した相手がフレディという、雇い主のエクセルから取り立てをされている人間、
つまりクーダから見ると彼女を誘拐したのは自分側の人間の仕業ということが明らかになるわけです。

人に対して散々なことをしておきながら自分が入れ込んだ人間だけが例外になるわけがない。これが裏社会で生きる者への皮肉と言えるのでしょう。

フレディの元にいるビリーはクーダに騙されたと思って恨みの言葉をぶつける、ここら辺はクーダは無表情ではありますが明らかに効いているんですよね。

ストレイから誘拐された子が何をされているのかを聞かされているから尚のこと。

親身になり入れ込んだ少女が自分とは決して遠からぬ存在の人間に誘拐されて望まぬ商売を強要される。
まぁそりゃ心はグッチャグチャになるってもんです。

だからこそ雇い主のエステルを敵に回してでも単身彼女を救いにフレディの元に乗り込む姿をというのが輝くのです。

彼女との交流は本当に僅か、でも本当に個人的かつ庶民的な悩みで辛い時に僅かな展望を与えてくれた彼女に全力で報いようとするのが彼なりの“流儀”だったと言えるのでしょう。

後悔を繋げまいとする姿

クーダ 殺し屋の流儀
(C) 2022 Barracuda Productions, Inc.

この映画のもう1人の主役とも言えるストレイ。

この映画は娘と同世代のビリーを救うというのが映画的な見せ場にはなっていると思いますが、
ストーリー的にはストレイとの交流の方が主軸じゃないのかなと自分は思っております。

彼は最初の頃はケンカで身を立てているような人間ですが、その実力とハンガリーさが認められてエステルにスカウトされクーダの元で働くようになります。

彼の役割は一言で言うとクーダが自身と同じ後悔の道を進ませんとするために、自分とは別の道を進ませる、後悔を晴らすための存在と言えます。

ストレイは正直ギラついているように見えますが、その実は“居場所を求めて戦わなくてもいい場所を求めている”と語るような安寧を求めている節のある人間です。

恋人となるレクサスがいること、そして先の思いを抱えていることを見たクーダは自分と同じような道より別の道を歩むことを定期的に進めるなど、
自分がこの道を歩み続けたことで妻と娘からの信頼を失ったと言う後悔から同じ轍を踏ませないようにさせようとします。

こういうお節介な親父な描写や逆にビリーの誘拐ことを相談する姿を見せることで互いの信頼関係の構築をするというのは結構いいシーンだったんじゃないでしょうか。

だからこそエステルにクーダを殺害しろと言われてもクーダを救うという決断に繋がったんだと思いますしね。

正直自分はクーダとストレイは最終的に対峙することになると思っておりました。

同じ裏社会の人間の手によるビリーの誘拐もありましたから自分の歩んできた道の後悔をこれでもかと突きつける映画になるのではないのかなと。

でも蓋を開けてみたら実際はストレイはクーダを救うと言う決断をする。

これを見てこの映画はクーダが若者に自身後悔の道を継承させまいとする贖罪を果たし切る映画だと確信できましたね。

クーダは最後にストレイに色々な物を託します。

ビリーのことはもちろん、自分の道を見つけろという想いも。

守るべき女性であるレクサスと託された子供であるビリーを抱えてストレイことリッキーはクーダに勧められた整備工として真っ当に生きていく。

クーダから与えられた別の道の継承はこうしてなるという終わり方を迎えます。

これこそ親父映画の醍醐味と言えるこの終わり方。

長い人生を経たからこその滲む後悔を若者に託す。
お節介とも余計なお世話とも取れますがそれは確実に経験から来る重みのある物でもあるんですよね。

裏社会に長くいた人間が迎える末路は決まっていますが、周りを変えることは出来る。
このストレイとの交流こそがこの映画の醍醐味だったと自分は思っております。

クーダという男

この映画の主役たるクーダ。

彼はエステル曰く闇に適応出来なかった人間です。

実際そこら辺はビリーとのことを割り切れないこと、ストレイに別の道を進めることからも分かります。

ただそれと同時に闇に浸かりすぎて抜け出すことは出来ない人間でもあるんですよね。

それはビリーの捜索の裏で平然とエステルから請けた仕事である各所への取り立てをする姿や平然と人を殺害するという命に対する認識の軽さからも分かります。

クーダ 殺し屋の流儀
(C) 2022 Barracuda Productions, Inc.

要は身内には甘いけど敵とみなした相手には平然と一線を超えてしまうんですよ。

誰かを親身に救おうとする一方で犯罪への行いへのハードルの低さ。
前者が適応出来なかった部分と言われて後者がハマってしまった部分と言えるでしょう。

そんな矛盾を抱える人間だからこそ彼が最期を迎えるという結末も当然の流れだと言えます。

闇に適応出来なかった人間としてはストレイやビリー達に道を示すことや最愛への娘への最後のプレゼントで、
闇にハマった人間としては裏社会の人間から受けた傷で命を落とすことで示す。

裏社会の親父らしい結末の1つを見せててもらった気が致しますね。

まとめ

裏社会の親父らしい映画だったなと思います。

エステル曰く闇に適応出来なかった、しかしハマってはいるという男に相応しい内容だったと思います。

正直寡黙よりのおっさんな上に交流も少なめなのでビリーやストレイからの信頼を勝ち得るのが早くない?と思わないこともないのですが、
それは男の深みから醸し出る雰囲気がなせる技ということにしておきましょう。

それにしても裏社会のおっさんが迎える結末というのは色々な形で描写される映画が増えてきましたが、これも高齢化でしょうか、それとも需要なのでしょうか。

どちらにしても男の香りが強い渋い映画と言うのは大作では減ってきたのでこういうところで摂取出来るのはありがたい限り。

面白いというより香りに浸るための映画と言えるのでそこを求める人なら是非。


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